新年早々、縁起でもないタイトルを付けてしまいましたが、
私にとっては本当にアンハッピーな年明けを迎えてしまいました。
あ、ご無沙汰しています。4ヶ月ぶりのブログ更新です。数少ない読者の方々、私のコト忘れないで下さいね〜。(泣)
で、何がアンハッピーだったのかと言いますと、年末年始に入院する羽目になってしまったのです。はい。
クリスマスイブの頃から風邪気味で、鼻がつまってしまいました。
風邪薬を呑んでいたものの3日もすると両鼻がつまり、両鼻がつまると口呼吸になる訳で。
そうすると当然のようにウィルスが喉に来るんですよね。で、ゴホゴホしていたら
今度はお腹が痛くなって緩くなっちゃったんですよ。(お食事中の方、すみません。)
29日。その日は朝から痛くて、痛みも前日と違うキリキリとした痛み。
夕方には腸を捻られた様な激痛に。それが2時間置きにやってくる。
夜までは何とか我慢していましたが、ウィルスが腸に来たのではないかと言う事で、
車で夜間救急がある大きな病院へ。
大きな病院の年末の夜間救急。条件が揃いも揃って長時間の順番待ち。
やっと呼ばれると先生は内科医。事の発端が風邪だった事と季節だった事で、
インフルエンザの検査を受けました。結果は陰性。
触診も受け(触られると余計に痛かった)、私の苦しみ方が尋常でないという事で、
続いてレントゲン撮影へ。
撮影結果や痛みの場所、加えて以前から子宮筋腫がある事から婦人科へ回され・・。
案の定、ここでもかなり待たされました。
待っている間にも激痛が来て、座っているのもキツくなり、
とうとうストレッチャー送りになってしまいました。
21時頃に到着した病院ですが、
この時点で既に日付は30日になってから1時間は経っていました。
その後、婦人科で触診・エコーの結果(念の為だとか言って外科にもタライ回しにされましたけどね!)入院決定。
子宮筋腫については、掛かり付けのお医者さんからは「大きくなっていない」と言われていたので安心しきっていました。
ところが・・・その大きくなっていない筋腫の他に大きいのがあったらしいのです。
場所は腸に近い方で、今までエコーはしていなかったので定期検査では見つかっていませんでした。
夜が明けて私の両親や主人の母も来てくれて・・その頃には激痛の間隔が無くなるほどになっていて。
鍼灸師である母が医者と話をしてくれたようで、その日の夕方に手術できる事になりました。専門職の母に感謝です。
手術前は満室で外科でも婦人科でもない病室に入院していたのですが、手術後は術の経過しだいで外科か婦人科に移るとの事。
何でも手術も開腹して中を診てから担当医を決めるとか・・・そんなのアリ?この際もう治してくれるなら何でも良いや。
12月30日16時、手術開始。で、開腹した結果『子宮筋腫径捻転』と診断され、婦人科の先生が切除しました。
ただし、もともと発見されていた2つの腫瘍は大きさも成長しておらず、悪さもしていないので今回はそっちは残したそうです。
18時頃、手術は無事に終わりましたが、病室へ着いた時に癲癇(私は昔から癲癇患者です。)の発作を起こしました。
既にこの時、全身麻酔は切れていて母とも会話したらしいのですが、私にはこの辺の記憶が一切ありません。
自分で覚えているのは20時頃からの事です。半覚醒みたいな感じで「(あぁ〜もう夜なんだぁ〜・・・)」みたいな。
体を起こせないのでこの時点では自分では確認出来ませんが、点滴、ドレイン、鼻からも・・全部で7本の管。
点滴は通常なら抗生剤と栄養剤の2つで良いのでしょうが、私はもう1つ癲癇の薬(常備薬の錠剤が飲めないので・・・)
とどめは私が一番嫌いな酸素マスク。あれ、呼吸し辛くて。聞けば朝6時に外す支持が出ているらしい・・・。
お腹も包帯グルグル巻きで、オムツ状態・・・開腹した箇所は14針も縫ったそうな。
翌31日朝6時、マニュアル通り?に酸素マスクとさようなら。(待ってました〜♪)と同時になぜか個室にお引越し。
しかし口がフリーになったのになかなか水を飲む事も許可が下りず、水分はうがいをして口を潤わすのみ。
鼻の管を外す2日後まで喉の渇きと格闘する事になりました。(管も邪魔だし辛かった。)
何でも運動が腸の回復を早めるとの事で、酸素マスクが外れたと同時に体の方も動かし始めました。
鼻の管が外れる頃までは、病室内のトイレに行く為に体を起こすのでさえも一苦労でした。
今回の事で腹筋・背筋は知らない内に色々な所で使っているのだと再認識させられました。
特に異常が認められる訳ではないので、先生からは回診の度に去り際に「じゃ、運動がんばってね。」と言われ続けました。
運動初日は通常の速度で歩く事など到底出来ず、しかも30分も歩くとヘトヘトに。はぁ〜つくづく情けない。
酸素マスクを外してから食事の許可が下りた日まで、する事と言えば1日2回の散歩、合計1時間位なもの。
とにかく暇で仕方が無い。普通ならする事がないとテレビを見るしかないので、
病院ではテレビカードの減りが早いと思うのですが、テレビで時間を潰そうにも、
年末年始は私が興味ないジャンルばかり。最近は紅白も興味が沸きません。
偶然つけたチャンネルで「笑ってはいけない○○」を観てしまったのが運の尽き・・・
笑うと腹筋に響く響く。
自分もテレビの向こうで罰ゲームを受け続けるお笑い芸人達と一緒に笑いを堪える羽目に。
( ↑↑↑ だったらチャンネル変えなさいって・・・ついつい観てしまう悲しい性。)
朝7時に看護婦さんが体温等を聞きに回ってくるので、いつもより規則正しい生活だった事もあって、2日と3日は暇過ぎる余り、母校が出ている訳でもないのに箱根駅伝をフルで観てしまった・・・。
繋がっていた管も日を追う毎に減り、食事の許可が下りたのは1月4日だったかしら?
その頃には管は全て外れて点滴も1種類のみ。体を起こす速度のかなり速くなり、
こちらはほぼ通常生活になっていました。
ドレインを外した半日後には抜糸。外す前に記念撮影しちゃいました。( ← アホ。)
ホチキスの様で抜糸というより抜針って感じでした。
なので、毛抜き要領で一思いに勢い良く抜きました。抜く瞬間が痛かった。
しかし、今までが嘘のように食事が取れるようになってからは展開が早かった。
5日の朝の定時回診では「退院の話なんだけど・・・」といきなり切り出され、
(思わず『いきなり退院の話ですか?何だか急ですね・・・』と聞き返してしまった程。)
「うん、年配者じゃないし術後1週間って普通なんだ。明日1日様子を診て、異常が無ければ7日(金)に退院できるから。」
と飄々と続けられた。何かあっさりした退院だな〜と思っていましたが、本当に言葉通りに7日に退院しました。
今回の痛みが手術に寄って消えた後は、手術の傷の痛みが出るかも知れないと言われていましたが、幸いそっちの痛みは無く、むしろ通常の傷のカサブタと同様、痒くて仕方がありません。
思えばこの2ヶ月、急激に持っているズボンやスカートのお腹がきつくなったとは思っていました。でも単に自分が太っただけだと思い、ひたすらダイエットに徹していました。
今回のカルテでは『子宮筋腫径捻転』ですが、同時に開腹してから発覚した子宮内の腫瘍も切除していました。
こっちはこのまま放っておいたら近いうちに癌になる可能性大だったそうです。この点は不幸中の幸いでしょうか。
素人判断って怖いですねぇ〜・・・人間何があるか分かりません。
さてと・・今日も散歩に行くとしますか。
しっかし年明け1発目のブログネタが入院&緊急手術ってどうなのよ・・・。
ってな訳で苦し紛れに正月ネタ。
入退院のゴタゴタのせいで大晦日にUPする事は適いませんでしたが、一応は作ってありました。筆文字干支シリーズ 兔。
前々から『兔』ってウサギっぽいなぁ〜とは思っていたのですが、象形文字を調べたら本当に1羽のウサギでした。
『卯』は向かい合う2羽のウサギなんですって。星座とかもそうですが昔の人の想像力には感心させられます。
調子に乗って半ば勢いで作ってしまった雪ウサギ版。背景の色に苦戦・・・白い物って難しいわぁ。